風渡9「祖父、五味友十郎と仁の心」

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田舎の土蔵の中は子供たちにとって宝の山だ。薄暗くて、独特のにおいに包まれた土蔵は、ちょっと怖いが、新しい発見の誘惑に勝てない場所であった。親の目を盗んでよく忍び込んだものである。階下は穀物や味噌、漬けものの貯蔵、農具の保管などに使われているが、二階には食器や布団、タンスや長持ち、糸巻きや糸繰り車、十二支の石の置物、さまざまな骨董、掛け軸、絵画や書籍、ロシアの軍帽等、家の歴史が所狭しと詰め込まれていた。その中にあってもっとも貴重なわが家の宝物として、一振りの指揮刀があった。この軍刀は日露戦争の時松本連隊に一兵卒で入隊した祖父五味友十郎が、兵としての優秀さを買われ特進して下士官になり、指揮刀の帯刀を許され、妻ふさに有り金をかき集めさせて手に入れたものであった。この刀を引きぬいて祖父は「五味 友十郎が指揮を執る」と得意満面で号令したという話が伝わっている。終戦の時米軍に没収されないよう油紙に包んで畑の堆肥の下に隠し歩いたというその刀は、外観もなかなか立派であったが、引き抜くと一点の曇りもなく、あやしく輝いて、男心を魅了した。この祖父は蚕の種屋で財をなし、現在の大きな家を建てるとともに、玄関に印鑑をつるしてお金に困った人に自由に押させていたという。祖父が亡くなった後、この取り立てが殺到して、若かった父は多いに苦しみ、その後「連帯保証人になるな」というのがわが家の家訓になった。「五味友十郎さんの後ろには後光が射している」といわれ、慕われ、感謝された人であった。私が高校生の頃次兄が肥料配達の仕事をしていて、一緒に家から遠く離れた部落に配達に行き、冬の日がつるべ落としに暗くなってから一軒の農家にたどり着いた。「どこから来た」と出てきた年老いた農夫とその妻に聞かれ、「原村の八ッ手から来た」と答えると、「原村の八ッ手。五味友十郎を知っているか」というので、「それは我々の爺様だ」と答えると、「五味友十郎には大変お世話になった。今晩ぜひ泊っていけ」と強く勧められた。祖父の恵まれない人への想いやり、仁の心がこんな遠く離れた土地の人にも及んでいたことを知って、深く感動したものである。それ以降私自身も仁の心を持つことを人生の至上の目標にしている。
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