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子どもの頃から童謡が大好きだった高橋さん。その頃の童謡の歌詞は、街の風景そのものだった。ある日チンドン屋の演奏につられてついていった高橋さん...
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国鉄の職員だった高橋さんは、団体旅行の時に列車内で歌う唄の作詞を手がけた。高橋さん作詞の唄は、本職の歌手を招いてのお座敷列車で歌われたり、レ...
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童謡好きだった高橋さんは、歌うだけでなく童謡に関する研究も行ってきた。童謡を歌ってきた歌手、歌詞など色々なお話しを伺った。
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戦後になり、童謡はどんどん街に広がっていった。赤羽に住んでいた高橋さんは、近所の女の子と童謡を歌って遊んでいた。蓄音機を持っていた友人の家で...
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昭和10年、赤羽で生まれた高橋さんは、隣のおばさんから童謡を教えてもらった。当時、2.26事件などがあり、童謡も軍国主義的な風潮になっていたが、子ど...
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3.3 分
商店街の活性化をしていた坂本さんは、やがて街づくりの活動を行うようになった。商店街の役員となって再開発の反対運動にも参加するようになった。時...
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飯田堀の再開発に反対していた坂本さん。反対運動の集会にも参加したが、実はその日は坂本さんの結婚式の当日だった。
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年上の商店街の役員ばかりだったので青年会をつくった坂本さん。飯田堀の堀を埋め立てて再開発することに反対し、飯田堀を守る会として奮闘した。
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漆器店の山下さんと一緒に街おこしをはじめた坂本さん。神楽坂の商店街は、戦後、新宿、池袋と異なり闇市がなかった神楽坂は衰退をしていった。
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4.9 分
27歳の時から神楽坂の街おこしに参加してきた坂本さん。自分より年上の人ばかりだった役員の中、若い仲間に街おこしを呼びかけ、第一回の神楽坂阿波踊...
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亡くなった山下さんのご主人は、商店街の役員をしていた。第一回の神楽坂阿波踊りの開催に力を注いだご主人の思い出を写真とご主人が遺した記録を見な...
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山下さんのお店は、一度近所の火事に巻き込まれたことがある。焼けてしまったお店。そのとき色々援助してくれたのが商店街の人たちだった。
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2.2 分
山下さんのお店では、最初は漆器ではなく、学生のための机や本箱、手紙を入れる文庫。竹作りのくず入れなどを売っていた。
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山下さんは漆器店に嫁いできた。戦後間もないまだ焼け野原の跡が見られた当時の新婚時代の思い出を話していただいた。
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神楽坂は花街であった。芸者さんの装いにあこがれた峰岸さん。近くに田中角栄が住んでおり、芸者さんとのエピソードを伺う。
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