南京にあった日本人女学校

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南京には終戦まで日本人女学校があった。
63年ぶりに訪ねてみると学校はそのまま残っていた。
学校を見学した直後に録画したビデオである。
(授業中であり、学校内は撮影できなかった)

母の両親は戦前から南京で商売をしており、母は南京で生まれた。
支那事変の間は長崎に疎開していたが、
日本軍が南京を陥落すると、
中国人の学校を接収して日本人学校にした。
この女学校もそのように作られた。
敗戦ですべてを置いて引き揚げた。
母は最期の卒業生の一人である。

母は疎開していて南京虐殺を知らなかった。
大人は当時何も語らなかった。
虐殺のことは戦後になって聞いた。
当時の抗日運動の恐怖は知っている。
女学校には毎日人力車に隠れて登下校していた。

ずっと南京を訪れる気になれないでいた。
しかし、中国は急速に変化しており、
昔の建物はどんどん取り壊されていると聞いた。
それで63年ぶりに訪ねることにした。

子供のときに覚えた中国語はいまだ健在だが、
自分が日本人であることを中国人に言うのはいまだに恐い。
でも、学校の守衛は優しく対応してくれた。

学校の玄関には歴史年表が彫ってあったが、
日本人女学校だった期間だけは空白になっていた。
再生回数 4146

コメント数

2 個
堂山真一 撮影ボランティア
2011/11/04
水野様
doyama.shinichi@gmail.com へメールいただけませんでしょうか?
よろしくお願いいたします。
水野智仁
2011/11/04
動画大変興味深く拝見させていただきました。
実は昨年来、戦前期の中国大陸における日本人学校について関心を持ち、外務省記録等を中心に調べております。 今のところ、北京、南京、青島を目下の対象しておりまして、先日も外交史料館より南京日本人小学校関係の史料をCDにて入手いたしたところです。

いずれは上級学校についても調べていきたいと考えております。

御母堂様、南京の女学校にいらっしゃったということですが、女学校進学以前小学校の方にも御在籍でしたのでしょうか。

コメントではなく申し訳ございません。